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「ハァ、ハァ、ハァ」

容赦なく吹き付けるツメタイ風。

昏い夜。

街灯の光しか無い夜の街をひたすら走る。

時刻は既に夜の八時。

この時間帯、もう人影は居ない。

いや、この時間帯だけではなく夜の帳が降りる頃には、ヒト一人居なくなる。

その理由はこの街で――――三つの花が咲き乱れる街で、連続殺人事件が起きているから。

平和といって言いほどのこの三咲町で、初めて起きた凶悪事件。

犯人は捕まっておらず、被害者の数は数十人とも数百人とも及ぶらしい。

らしい、というのは余り記憶に無いからだ。

殺された人の数など覚える気にもならない。

だからこの街の住人たちは、自分が殺されるかもしれない、と怯えている。

人でごった返している中華街でさえも、日が傾くに連れて人気が薄れていく。

自然――――夜になると人の影は無くなって行った。

そんな夜に有るとしたらそれは、頭の悪い不良どもか自殺志願者。

若しくは、残業帰りのサラリーマンか塾帰りの子供たち位だ。



誰もいない夜の街を、自分は一体どれ位走ったのだろう?

既にさっきから、自分の息は切れていた。

纏わり着くような息が、自らの意思に反して口から漏れる。

体が悲鳴を上げているが止まる訳には行かない。

止まれば――――即、死ぬ。

だから、自分は止まる訳には行かないのだ。

逃げて逃げて逃げ続ければ、生きれるかもしれない。

動かない足を必死に動かして逃げ続けた。

転んでも直ぐ立ち上がり逃げる。滑稽でもいい。

後ろからやって来る追っ手さえ、撒ければいいのだから。



何故自分は追われているのだろう、と走りながら考えて直ぐに自己完結する。 

ああ――――答えは至って簡単。

それは、
自分が人を殺したからだ。

そう、この街で起きた連続殺人事件の犯人は自分である。

アレは、いつだっただろうか?

初めて人を殺したときは心が昂揚した。

頭の頂上から足の指先まで、電気が走ったのだ。

今まで得てきたどんな快楽をも超越する電気が、全身の神経をスミズミまで駆け巡った。

殺した瞬間の自分の時間を、止めて欲しいとさえ思ったまでだ。

殺人が齎したモノは、快楽だけには留まらなかった。

別れ、悲しみ、恐れ、という三つの感情を持って来たのだ。



こんな快楽を知ってしまっては止められない。

もう今まで過ごして来た様な日常には戻れない――――別れ。



自分が他のヒトとは違う証明。

自分は独りで、自分と同じモノはいない――――悲しみ。



自分が犯した罪を裁く為に、何かがやって来るかも知れない。

自分も殺されるかも知れない――――恐れ。



だけど、何人も殺して行く内に最後の感情は感じなくなった。

理由は一つ。

自分が殺した中に警官がいた。

彼らは銃を携帯している。

銃は簡単にヒトを殺せる道具。

喰らえば自分も死ぬのではないか、という恐怖。

だけど、思っていたよりも――――弱かったのだ。

一度、たった一度だけ自分の行為が見つかり銃口を向けられた。

銃を向けられても、雰囲気というか圧迫感めいたモノが感じられない。

こんなモノだったら簡単に殺せるかも知れない、と脳裏に過ぎった・・・。

結果――――畏れていた警官さえも簡単に殺す事が出来た。

もう怖いものなんて無い。

だから自分は、今まで路地裏などでこそこそやって来たコロシをその日からヤメタ。

次の日からは、場所など構わずコロシテイッタのだ。




初めは快感だったモノも次第に薄れて行った。

自分を止める事も出来ず、自分を止める者もいない。

唯々、同じ毎日の繰り返し。

だけど、もう日常に戻れない今となっては、ソレ以外に何も残ってはいなかった。

自分の人生はなんてつまらない一生だ、と絶望した事もある。

それでも自分では死ぬ気になれず、今日も獲物を探しに外へと出た。

既に自分の中ではソレが習慣となってしまったのだ。

今日もヒトを見つけコロスだけ。

そんなつまらない毎日が続くと思っていた。

永遠に続くと思っていたのに。

――――この日だけは・・・違っていた。

最後の感情が抱いていた、恐れが存在したのだ。

今現在自分を追って来ているのが恐れ――――死神に違いない。

確証は有る。

聖人は汚れた者など相手にしないからこそ聖人。

自分みたいな穢れたモノを処分するのは穢れたモノの仕事。

コロス事でしか生きられない生粋の殺人鬼。

そんな存在が今後ろにいて、自分を追って来ている。

だから、必死になって逃げた。



ああ、何てこと。

自分は本当の所、生きたいのではないか。

絶望した事が嘘みたいに思えた。

こんなにも・・・こんなにも自分は、生きる事に執着していたんだ。

走りながらも自分に生を実感させてくれた死神に感謝する。

・・・なんて――――矛盾。

死を齎す者が生を与えるなんて。

こんな時じゃなければ、自分は感謝していた事だろう。

だけど・・・だけどもう遅い。

後ろから追って来る死神との差が徐々に迫って来た。

イヤダイヤダイヤダ――――死ぬのはいやだ。

今まで来た道もこれから進む道にも人はいなかった。

当たり前か。自分で蒔いた種だ。ヒトなど居るはずがないのだ。

後ろを向いて距離を確認するが、もうそんなに差が無い。

そこで初めて、自分の後を追って来る死神の正体が分かった。

見た瞬間、信じる事が出来ない程驚いた気がする。

なんてことはない。何せ、その死神の正体は――――まだ子供。

何だか、バカバカしくなって来た。

子供に対して自分は怯えていたのだ。

何で子供に対して自分は死神だと思ったのか。

その理由は分からない。

殺気を感じて逃げたけど、こんな子供が出せるわけが無いじゃないか。

そう思うと、スゴク腹が立ってきた。

今日の獲物はコイツにして、この怒りが収まるまで死ぬまで弄ぼう。

その為にスピードを落とそうとした時――――子供と目が遇った。



慌てて前を向いて走り出す。

後ろの子供と目が合った瞬間、背筋がゾクッとした。

その目を見ただけで自分が死ぬかと思ったのだ。

アレは子供じゃない、アレは――――子供の皮を被った殺人鬼。

自分を殺すためにやってきた殺人鬼だ。

完全に殺される。完璧に殺される。完膚なきまでに殺される。

そんな、死が迫るという極限の中、前方に人影が見えた。

九死に一生、というヤツだろうか。

その人影を人質にすれば、逃げ切れるかも知れない。

そう考え人影を人質にした。

――――今思えば、何て信じられない行為をしたんだろうか。

こんな事しないで、すぐに逃げれば――――。





「キャア!?」

人影は女で、まだ子供だったけどそんなの気にしていられない。

自分が逃げ切れれば良い。

その後にこの人質の子供を処分すればいいだけ。

後ろを振り向き、殺人鬼に人質を見せ付ける。

これで、自分は助かったと思い安著した。

だが、それが・・・その油断がいけなかったのだろう。

殺人鬼は、目に入らない、といった様に構わず突っ込んで来る。

次の瞬間には、殺人鬼は暗闇の空を舞っていた。





「―――――」

その時ゆっくりと、スローモーションの様になった。

一秒がとても長く感じられた。

ああ――――何で自分は気づかなかったのだろう。

自分の足について来れた事。

追われる前に放たれた殺気が尋常じゃなかった事。

何よりその表情に感情が無い事。

全てにおいて子供じゃない事を証明してるじゃないか。

手元には自分という殺人鬼のサンプルがあったというのに。

もし自分の立場だったら無関係の人質など、人質に非ず。

死のうが死ぬまいが関係ない。

なんて――――愚か。

この子供は・・・コイツは生粋の殺人貴だ。

殺人鬼じゃない、殺人貴。

今更になってやっと理解できるなんて。

その殺人貴が自分を殺すため頭上から迫り来る。

反応が出来ず目で見る事しか出来ない。

殺人貴の瞳は黒く。

闇夜よりも黒く、吸い込まれる様だった。

銀に煌く刃が闇夜を切り裂く。

その時、自分が最後に――――。













私が事件に遭遇したのは塾帰り。

遭遇というよりは人質になった、と言うほうが正しいかもしれない。

でも、人質になったのはホンの数秒の事だから遭遇で正しいと思う。

言いえて妙かもしれないけど。

その時、起きた事は絶対忘れない。

私――――が体験した事は。



小学六年生の私は駅前の塾に通っている。

有名な私立の中学校に行く為。

その為に、勉強をしなければいけないから塾に通っていた。

何時も通り塾の用意をしてから家を出る。

塾までは家から三十分ぐらい歩かなければいけない。

正直遠いけどお母さんやお父さんの期待に応えるために、私は我慢していた。

中華街を通って、駅前の塾に辿りつく。

これから勉強だからうんざりしてるけど、最近物騒な事件が起こっているから何時もより早く終わる。

私はそれが嬉しかった。

気持ちを切り替えて、建物の中に入る。







「早く帰らなくちゃ」

時刻は八時三十分。

何時もより塾が少し遅く終わったから、私は足早に帰る事にした。

ヒタヒタ、と私の足音しか聞こえない。

それもそのはず、外には誰もいないのだ。

一緒の塾の子達は私の家とは反対方向。

だから、私はいつも独りで来て独りで帰る。

初めは心細かったけど、今では大分慣れた。

それに、誰も外にいない理由はもう一つあるのだ。

今この町では、連続殺人事件が起こっている。

被害者の共通点は全部夜にしか起きていないという事。

だから、みんな夜には出歩いていない。

私しか歩いていない道に風が吹く。

そのせいだろうか、少し寒気がした。

チカチカ、と街灯の光が点いたり消えたりしている。

私は正直、気味が悪くなって怖くなった。

もし、犯人が直ぐ傍にいたら。

それで、私を狙っていたら。

――――自分でイヤ事を考えていたら更に怖くなった。



楽しい事を考えて道を足早に歩く。

だけど、一度怖い事を考えてしまったら中々払拭する事は出来ない様だ。

さっきから頭の中をグルグル廻っている。

それに伴い、心臓の鼓動が高鳴ってきた。

歩みを止め自分で自分に落ち着け、と言って心を落ち着かせる。

十秒位経って、だんだん落ち着いてきた所で私は歩き出した。

その途端――――。





「キャア!?」

歩き出そうとした時、いきなり後ろから誰かに肩を掴みかかられた。

その力は強くて肩がとても痛かった。

次に首筋に何かツメタイ物が当たっている事に、私は気付く。

そして、その誰かは私事後ろに振り向かせる。

今自分がどうなっているのかも私には分からない。

頭の中では既にパニックに陥っていた。

そんな頭で出した結論は至って簡単だった。それは――――『死』。

顔は見えないけど、後ろにいるこのヒトが例の事件犯人だろう。

ああ、私はココで死ぬんだ。

お母さんお父さんごめんなさい。

脳裏に悲しみにくれる二人の顔が浮かんできて、私はポロポロと涙を流した。

自分が死ぬんだと理解してしまったから。

私が死んでお母さんとお父さんが悲しむから。

もう二度と会えないから。

本当にゴメンナサイ。



私が泣きながら、そう考えていたら目の前を一つの影がいつの間にか飛んでいた。

私は目で無意識にその影を追った。

昏い空に浮かぶ影は、私と同じくらいの子供。

何で子供がいるんだろう、という考えは浮かんで来ない。浮かばなかった。

その代わりに、助けてと願った。必死に、何度も何度も。

死にたくない、だから誰でもいい。藁にも縋る思いで私は願った。

その時、私が泣きながら――――。





「「見た、闇よりも黒い漆黒の眼は」」

「とても綺麗だった」「とても悲しそうだった」



――――そして、自分は意識が途絶えた。

――――そして、私は意識を失った。

最後に一つの事を私は思いながら。

1991年12月の――――ヒドク寒い、或る真冬の夜の出来事だった。







冷たくさびしい月の光の中。

一人の少女と一人の殺人鬼が抱いた光景。

共に見たモノは同じだが、感じ取ったのは互いに違う。

その後二人は深い暗闇へと落ちて行った。

けれど、二人の行き先はそれぞれ違う。

殺人鬼は暗闇よりも深い、眩病の淵へ。

少女は唯の暗闇へ。













「―――――」

連続殺人犯だと言うから興味が湧いたものの、実際には大して強くなかった。

それどころか、逆に落胆させられる。

こんな相手では面白くもなんとも無い。

実感など湧きもしない。

それどころかまだ血が昂ぶっている。

まあ、こんな相手じゃ当然か。

結局、直死を使うまででもない。

いや、寧ろこんなゴミに使うまででもない。



俺は七つ夜に付いた血を拭う。

血が付いていない事を確認して懐に七つ夜を仕舞う。

こんな中途半端なヤツの血で、錆びてもらっては困るから。

それに、俺とアレを唯一繋ぐモノだから。

―――――足元には首と胴が離れ離れになった殺人鬼と横たわっている女。

それも俺にとっては然して興味が無い。

当たり前、か。

俺は死体には興味なんて無いし、女にも興味は無い。

むしろ、殺し足りない位だ。

ならば、丁度目の前に居る―――――。





「終わったな・・・」

「ああ」

タバコを吹かしながら橙子が現れた。

そのまま死体に近寄ると死んでいるか確認する。

俺は唯見ているだけ。

この光景は何時もの事。

この仕事を始めた時から変わらない。

俺は気絶している女に近寄る。

先程仕舞った七つ夜を懐から取り出して、女の首筋に当てる。

・・・そして、一気に―――――引こうとした所で橙子に止められた。





「邪魔するな」

「言っただろう?私の前で死体を増やしたくないと」

その言葉を聞いて、病院で初めて会った時の言葉を思い出した。

『ただ単に私の前で死体を増やしたくないだけだ』

という言葉を。

まあ、本当かどうかは分からないが・・・。





「何で殺そうとしたんだ?」

「この女に顔を見られたから」

俺は尤もらしい理由を挙げた。

確かに顔を見られた事もあるけど。

本当の理由は全然違う。

あんなものでは殺したり無いから。

あの殺人鬼が弱すぎるから。

だから、血が鎮まらない。





「Delete・・・これでいいだろ?行くぞ」

記憶操作でもしたのだろう、何か魔術を使うと橙子は先に歩き出した。

チッ、仕方がない。

この血の昂ぶりは、何時もどおり橙子の人形で鎮めるか・・・。

暫く刻が経った後、俺もこの場から立ち去った。

これが―――――との、初めての出会い





七夜志貴は三年前この道を歩む事に決めた。

外れたモノを狩る。

退魔の仕事と同じ様に見えるが、俺の場合は違う。

外れたモノだろうが人だろうがその場に居た奴らは殺している。

これが俺の決めた自分の道。

あの時決めた自分の道。

誰にも邪魔させない自分の道。













「ちょっと行ってくる」

昨日は夜中の一時ぐらいに飯を食って、その後起こった事情を聞いていた。

七夜の事、遠野の事、俺の身に起きた事。

魔術師が集まっている協会や埋葬機関と呼ばれている教会。

死徒と呼ばれる吸血鬼や超能力など。

そして、いつの間にか俺が持っていた七つ夜のナイフなど。

全てが終わって寝たのは、だいたい三時くらいだろう。

今が十一時だから結構寝た方だ。

―――――それにしても、眠い。





「何所行くの?」

「・・・散歩」

「そう、行ってらっしゃい」

俺は扉のノブを捻って開け、外へ出た。

懐にはしっかりと七つ夜を入れてある。

何時何が起きてもいい様に。





「―――――」

扉を閉める前に、橙子が何か言った様だった。

何て言ったか分からないが大体予想はつく。

大方、帰りにお茶を買ってきて、だろう・・・。

ったく、自分で買いに行けばいいだろうがっ。

・・・ああ、忘れてた。

手が離せないんじゃ、しょうがないか・・・。



今アイツは人形を作っている。

何でも何年後かに出展する予定の人形らしい。

態々今からする事もないだろう、と思うが。

まあ、いい。どうせ俺には関係ないから。それより―――――。

俺はこの町の配置を覚える為、町の中を歩き出す。

―――――この日から俺の、七夜志貴の歩む道は始まりを告げる。









後書き
6話終了〜。
残す所後1,2話です。
次は式が出ます、後幹也くんも(ちょっとだけ)
今回時期が飛んでますので一応説明を。
殺人鬼を殺したのが志貴が12歳の話です。
んでもってその後からは9歳の頃です。
わかりづらくてスイマセン(涙)
それでは〜。

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