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「少し目を閉じろ」
橙子にそう言われ、俺は目を閉じる。
閉じた瞬間、体全体に違和感を感じた。
今立っているのか、座っているのかも分からない。
平行感覚があやふやで、とても奇妙な感じだ。
「もう開けてもいいぞ」
その言葉に促されて、閉じていた目をうっすらとゆっくり開けていく。
段々と目を開けていき、俺が見たものは先程までの草原ではなかった。
「何所だここは?」
殺風景な部屋。
それが、酷く印象的だった。
部屋の中には机とセットの椅子、ソファーしか置いていなく、他には何も無かった。
「ようこそ、私がここ伽藍の洞のオーナー蒼崎橙子だ」
椅子に座り、橙子はタバコをふかす。
それにしても、橙子はよくタバコを吸う。
後で聞いた事だが、ここは『伽藍の洞』という小さなアトリエ。
美術品を製作しているかたわら、
気紛れで建物のデザインなども請け負ったりする。
風の向くまま気の向くままの個人経営らしい。
まあ俺には関係ないけど。
「まあ見ての通り物は少ないが、志貴には十分だろ」
「まあな。それより一体ここは何所なんだ?」
俺はソファーに座りながら尋ねる。
「ここか?ここは三咲町から少し離れた場所にある、私の仕事場だ」
「どうやって、一瞬でここまで来たんだ?」
「そうか、言ってなかったな。私は魔術師だ」
その言葉に頭の中で、何かが引っ掛かった。
必死でその何かを手繰り寄せる。
だが、それも徒労に終わる。
霧のせいでやはり思い出せない。
「魔術師か・・・・・・・」
「意外だな、もう少し驚くと思ったが」
「俺自身でも、びっくりしてるさ。何故こんな落ち着いていられるのかがな」
俺は立ち上がり、橙子の机の目の前まで歩いて行く。
「さあ、さっさと全ての事を教えてもらおうか」
「・・・・・フゥ、わかった。では、ソファーに横になれ」
俺は先程まで居た、ソファーに戻り横になる。
天井に広がる、ラクガキみたいな黒い線に黒い点。
「先ずは、目からいくか。目を閉じろ」
俺は開いている目を閉じる。
そこへ急に、何か暖かい物を感じた。
初めは両目の瞼。
次第に、瞼の裏。
眼球。
瞳の中。
頭の中。
と、暖かさが広がって行く。
不思議と痛みは無い。
「・・・・・・フゥ。もういいぞ、目を開けて見てみろ」
俺はゆっくりと、目を開ける。
天井。
壁。
窓。
机。
など、色々見る。
その全ての物に、先程までのラクガキは視えなかった。
「視えるか?」
「いや、全く視えない」
「そうか、それは良かった。後は自分で切り替えをしてみろ」
「どうやるんだ?」
「そうだな・・・チャンネルだと思え。それを頭の中で切り替えるような感じだ」
俺は目を閉じ言われたとおり、頭の中で切り替えるように思い描く。
再び目をゆっくりと開ける。
すると黒い線がまた視えた。
「フム、どうやら制御は出来るようになったな。」
「分かるのか?」
「ああ、開いている時と閉じている時の瞳の色が違うのさ」
そんな物かと思いながら俺は眼を閉じる。
これで、瞳の色が変わったのか・・・。
俺にとっては些細な事なのでどうでもいいが。
「なあ、この眼はなんなんだ?」
「その眼か?それはだな直死の魔眼という代物でな、万物の事象全てを殺す事が出来る。
志貴が見ているものは本来、視えてはいけないものだ。
『モノ』には壊れやすい箇所というものが、必ず存在する。
いつか壊れる私たちは、壊れるがゆえに完全じゃない。
その目はそういった『モノ』の末路・・・言い代えれば未来を視ている。
もっと解り易く言うとだな、死を視ているのさ。
『死』は外的要因ではなく、生まれてきた時から全ての物に内包している。
きっとその眼は内包している『死』を『線』として視ているんだろう」
「そうか・・・だから線をなぞると死ぬのか」
「そういう事だろうな。それにしても実在するとはな・・・・・」
橙子はタバコを灰皿で消しながら、ため息を洩らす。
この眼は全てを殺す事が出来る、か・・・・・・・。
だとしたら神をも殺せるのだろうか・・・・・・・・・。
――――――なんて皮肉。
自らの手で作り出した人間に殺されるなんて。
「さて、次に移るか」
「今度は何をする気だ?」
「仮死状態になってもらう」
その言葉が終わると共に、俺の意識は暗い闇へと落ちていった。
◇
「時間もない・・・早くしなければな」
橙子は魔術を詠唱する。
その詠唱は高速詠唱。
一般の魔術師には唱えることの出来ない速さの魔術詠唱。
これが封印指定の橙色。
橙子は詠唱しながら、右手を志貴の心臓へと当てる。
同時に左手を頭へ。
今橙子が行なっているのは、記憶の復元と共有からの剥離。
一度に二つ行うという離れ技。
彼女の妹で青色の封印指定がいるが、青色には不可能な事。
それを橙子は志貴のためにやっている。
もし橙子を知る人がこの場に居たなら吃驚するだろう。
後に橙子は志貴の事をこう語った。
『アイツは私と似ている』と・・・。
◇
暗いクライ闇。
辺りは全て黒に塗り潰されている。
何も無い世界。
全てを押し潰す様な黒い世界。
光などは勿論無い。
そんなものある筈が無い。
何故ならココは死の世界。
そんな暗くフカイ闇に、俺だけが浮いている。
ただ、七夜志貴だけが「 」に在る。
「――――――なんて矛盾」
呟きにも似た声は反響する事も無く、暗闇に吸い込まれるように消えて行く。
この世界はおかしすぎる。
死の世界だというのに俺の眼は死を捉えている。
――――――オカシイ。
何故死の世界で『死』が視えるのか?
それ以前に何故眼を開いていないのに『死』が具現しているのか。
――――――ワカラナイ。
ワカラナイから志貴はこう結論付けた。
死に共鳴している、と。
それもその筈。
外では橙子が必死になっている。
既に志貴の状態は仮死状態ではなくなっているのだから。
即ち『死』。
「俺は完全に死んだのか?」
誰も答える物はいない。
クラクツメタイ闇の中で独り孤独。
これは今まで体験した孤独の比ではない。
完全な孤独。
聴覚、嗅覚、味覚、触覚、視覚、全てが意味を持たない。
五感が全く意味を持たない重圧を持った孤独。
・・・・・・・・・・いや、視覚だけは唯一働いている。
『死』。
ただそれだけの情報を志貴の脳は認識している。
そんな押し潰されるような闇の中、志貴はそれでもいいかと思っていた。
自分が何者かも思い出さず、何の意味もなく死んでいく。
この僅か九歳の少年は既に悟ってしまった。
人は無限ではなく有限だと。
死を内包している限り、死からは絶対逃れられないと。
故に早く死ぬか遅く死ぬかの違いだと。
――――――皮肉にも、得てしまったその両眼の眼の力で。
ならば長く生きるほど滑稽ではないか。
生に執着して足掻けば足掻くほど滑稽だと。
九歳の時点で理解してはいけない事。
――――――いや、生きて行く内に理解してはいけない事を。
少年は幼い身で理解してしまった。
誰よりも深く『死』という事象を。
少年は眩病を受け入れた。
周りの暗闇ではなくよりフカイ眩病を。
少年は生より死を選んだ――――――。
あとがき
志貴はこれからどうなるんでしょうね、死を選んでしまって(笑)
そんな事より、2話目読んでいただきありがとうございました♪
橙子さんを焦らすなんて、悪い少年だ(笑)
では、今回の難しい漢字を(笑)
眩病(クラヤミ)
コレぐらいかな?・・・まあいいでしょう、それでは〜♪
現世に起きた様々な科学では 解明できないトラブルを隠密裏に調停する魔術師、 しかしそのようなイリーガルな業界であればこそ、中には私のような知識人の 手に負えない荒っぽい仕事も存在する。 そういった荒事を効率よく解決するために、交渉役の私を補う、実力行使型 のパートナーは必要不可欠なモノなのだ。
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