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ふと眼が覚めた。

ここは何所だ?

それが目覚めて最初に思った事。

自分の居る場所を、直ぐには理解できなかった。





意識を完全に覚醒させる。

条件反射とでもいうのだろうか。

俺は意識を覚醒させる方法を無自覚で行なっていた。



意識がハッキリしてから、今の状況を確認する。

白い壁。

窓から入る風に揺られるカーテン。

俺が今寝ていたベッド。

消毒液特有の独特な臭い。

以上の事から察するにここは病院だろう。





俺は疑問に思う。

何故自分はこんな所に居るのか。

――――――オモイダセナイ。



それと、俺が見ているこの黒いラクガキの様な線は何なのか。

――――――ワカラナイ。

そのまま線を見ていると、何故かその線をなぞりたくなって来た。

俺は誘われるままに、線をなぞろうと人差し指を壁に伸ばす。





「初めまして・・・・遠野志貴くん。回復おめでとう」

俺が線をなぞろうとした時、医者が入って来たから線をなぞるのをヤメタ。

何故か見られてはイケナイと思った。



四角い眼鏡に白衣を着て笑顔の医者は握手を求めて来ているようだが、俺は見ず知らずの奴に触る気はない。

それより今は、この医者の言った言葉が気になった。

コイツは今確かに俺の事を遠野志貴と呼んだ。

遠野など、人違いもいい所だ。

俺の名前は・・・・・・・・七夜志貴だ。



だったら何故コイツは、俺の事を遠野と呼んだんだ?

俺がココに来る前に何かあったのか?

記憶を辿ろうとしたが――――――オモイダセナイ。

何か白い霧みたいな物が、頭の中にかかっている感じがする。

自分の名前がかろうじて思い出せた位だ。





「君は何故ここに居るか覚えているかい?」

医者は握手を求めていた手を戻すと、俺に尋ねてきた。

ここに居る理由だと?

そんなものは――――――。





「知らん」

「だろうね」

俺はその医者の態度に怒りが沸き起こってきた。

こんな奴を殺すのは俺にとって容易い。

・・・・・・ちょっと待て、何故俺はコイツを殺すのが容易いと知っているんだ?

何故そんな考えが浮かんだんだ?

――――――ワカラナイ。

いくら考えても、俺には分からない。

やはり白い霧みたいな物が、思い出そうとすると邪魔をしてくる。





「いいかい?君は交通事故に巻き込まれて、胸に重傷を負ったんだ」

「胸だと!?」

俺は寝巻きの前ボタンを開け自分の胸を見る。

確かにそこには、俺の胸には大きな傷跡が有った。





「そう、その傷跡だ。その傷はね、とても助かるような傷じゃなかったんだ」

「そんな笑い顔しながら、それが医者の言う事か?」

その言葉で医者は一瞬顔を顰めた物の、すぐにムナクソ悪い元の笑みに戻した。

もう俺には我慢が出来なくて、指でそいつの顔にある線をなぞろうとした。

何故そうしたか分からない。

分からないが自分自身の直感が告げていた。

――――――いや、自分の血が告げていた。

セ ン ヲ ナ ゾ レ、と。





「やめろ」

もう少しで線をなぞれるという時だった。

後数センチという距離でなぞれるというのに、横から邪魔をされた。

その腕、邪魔をした腕は俺の手首を掴んで離さない。





「お前は誰だ」

俺は、俺のする事を邪魔して来た人物を見た。

・・・・・・いや、睨んだ。と、いったほうが正しいだろう。

俺の邪魔をしたその人物は―――――。

―――――髪型は少し水色の入ったショートヘア。

―――――パリッとさせた白いワイシャツを着ていて。

―――――黒色の細いズボンを穿き。

―――――耳にはオレンジ色のピアスをしていた。

その女の瞳を見た途端―――――。

『コイツは俺と同類だ』

何故そんな事を思ったかワカラナイ。

だが俺はそう思った。





「お前今何をしようとしていた?殺気が出てたぞ」

「何故俺の邪魔をする」

「フゥ、お前質問には質問で返すのか?普通返さんだろう?」

女は懐からタバコを取り出し、火をつけた。





「この医者の前でタバコなんか吸ってもいいのか?」

「フン、ガキのくせに口だけは一人前だな。気にするな、この医者は今の間動けんさ」

女は何か訳の分からない事を言い出した。





「イヤこの医者どころか私達以外誰も動けはしない、何が起こったかも分からんだろう」

その言葉で俺は医者を見た。

・・・・なるほど、確かにこの女の言うとおりだ。

医者は瞬き一つしていない。





「どうやったんだ?」

「さあな。私の質問に答えるなら教えてやってもいいがな」

「チッ・・・・・・・いいだろう答えてやるよ」

女は吸い終わったタバコを取り出した灰皿に押し潰した。

そんな事より俺は興味が有った。

どうやって動きを止めたのか。

動きを止めたその方法を。





「そうだな。お前は指一本で殺気まで出して、この男に何をしようとしていた?眼でもツブす気だったか?」

「そんな事するか。医者の顔の線をなぞる、それだけさ」

「線だと!?そんな物が視えるのか?」

女は新たに一本取り出したタバコを、落としそうになった。

何を驚いているんだか。

そんな物そこら中に有るというのに。





「俺の質問にも答えろ。何故邪魔した」

「ギブアンドテイクというやつか。邪魔した理由か?ただ単に私の前で死体を増やしたくないだけだ」

俺はその言葉にピクッと来た。

こいつはやっぱり普通じゃないと。





「さて、次は私だな。お前は線と言った。そんな線が見え・・・いや視えるのか?」

「さっきもそうだが、驚くほどか?そんな物はそこら中にある、もちろんアンタにも」

「・・・・・・・そうか、なら実際に線をなぞって証明して貰おうか」

女はそう言うと、何所からか取り出したナイフを俺に渡してきた。

そのナイフは果物ナイフみたいに小さい。

小さいけど、刃こぼれしていなく刃文は真っ直ぐな直刃。

見るからに斬れそうなナイフだった。





「そいつでそうだな・・・・ベッドにでも試してみろ」

「・・・・・・・・・・・」

俺は無言でベッドを直視する。

俺はベッドに走っている一際太い線を、そのナイフで音も立てずになぞった。

ナイフは線に吸い込まれ、無音で線をなぞり切った。

線をなぞられたベッドは、ゴトンと鈍い音を立てなぞられた所から綺麗に裂けた。

その断面は元からそうであった様に、とても綺麗だった。





「まさか、信じられん!?お前、直死の魔眼の持ち主か!?」

「知ってるのか?」

「ああ、御伽話だと思っていたが、まさか存在するとは・・・・」

女は眼を瞑り何かを考えている様だ。





「オイ、勝手に一人で自己完結するな。俺にも説明しろ」

「・・・分かった。でも今は無理だ・・・・そうだな一週間後の夕方、町外れの草原に来い」

「草原だな、分かった。所でアンタの名前は?」

「私か?私の名前は蒼崎橙子だ。お前は?」

「俺は七夜・・・七夜志貴だ。もっとも、何故か遠野になってるけどな」

「お前記憶が無いのか?」

「分からん、ここに来る前の記憶が思い出せない。霧がかかってるみたいでな」

「(暗示か、どうやらこいつは本当にあの七夜一族の次期当主だな。こいつは面白い拾い物だ)」

「何をブツブツ言ってるんだ?」

「気にするな、それじゃあ私は行くが、くれぐれもその線を無闇になぞるなよ」

そう言うと、蒼崎橙子は部屋を出て行った。

それからしばらくすると医者も元通りになった。

その医者は何事も無かった様に、部屋を出て行った。

あの橙子が何かしたのだろう、医者は俺の顔を見ても質問を掛けて来なかった。







そして、一週間が過ぎ約束の日が来た。

この一週間、俺は独りだった。

だが不思議と悲しくはない。

まるで、それが当たり前かの様な感じだった。

心が孤独というのを、慣れている様な感じだった。

むしろ、自分独りで居る方が落ち着いていた。





約束の日、俺は病室を抜け出し町外れの草原へ向かった。

外へ出ても、あのラクガキは視えていた。



地面。



道路。



車。



人。



眼に入る物ありとあらゆる物に、黒い線は視えていた。

俺はこの眼について、二つ気がついた。

一つは、線の細い所や太い所。

ビルや壁、いわゆる無機物には線が少ないという事。

もう一つは、線の他に意識をすれば点が視える事。

だが、俺にはそんな事関係なかった。

ただひたすらに草原へ向けて、俺は足早に歩いていた。





町外れの草原へ到着する。

草は高く。

俺の膝下まではあるだろう。

直に日は沈みかけ、辺りは夕日に照らされる。

夕日に照らされて、緑の海は黄金色に染まっていく。

風が吹く。

黄金色や緑色の海の中、俺は独りで立っている。

俺は白痴の様にただ沈み行く夕日だけを見ていた。

西に沈む夕日に入れ替わる様に、東には黄金に輝く月も出て来た。

空や月、太陽には線が無く、俺はただただ線の無いそれらをジッと見ていた。





そんな俺しか居なかった世界に一つの足音がなり響く。

音のする方向へと俺は振り向いた。

振り向いた先に居たのは一人の女。

以前会った時と全く変わらない姿の橙子が立っていた。

変わったという場所は、オレンジ色のピアスがイヤリングになっていただけだった。





「待たせたな」

「別に」

「そうか・・・ちょっと試させてもらうぞ」

橙子は俺の額の前に、開いた手を突き出す。

ソコから何か出ているかの様に俺の眼は捉えた。





「何をしている」

「もうちょっとだから、動くな」

俺はその言葉に少しだけ従ってやった。

橙子は小声で、何か聞き取れない言葉を言っていた。





「フゥ・・・もういいぞ」

「何をしたんだ?」

「ちょっと、志貴を調べたんだ」

「それで、何か分かったか?」

「ああ、色々驚かされることばかりだ」

懐からタバコを取り出す橙子。

完全に夕日が落ち月と星しか光源が無い夜の闇に、白い一筋の煙がゆらゆらと舞う。





「志貴、お前に施さなければならない事が沢山有る」

「何だ?」

「眼の制御から眼の名前、お前の命を支えている共有からの解離。それとお前の記憶の修復だ」

橙子は俺の眼をジッと見て喋る。





「どこでやるんだ?」

「全てを知りたければついて来い。だが、日常には戻れんぞ」

「そんなのは関係ない。俺は日常など望んでいない、それに俺は独りだ」

「そうか・・・悲しむ物がいない、か。私と同じだな。なら行くぞ」

そして俺は、全てを知る為に橙子について行く事にした。

大きな仰ぐ程の月。

満天の夜空の下。

独りの蒼眼の少年と弧りのオレンジ色の魔法使い。

これが七夜志貴と蒼崎橙子の出会いだった。















あとがき
どうも、鋼です。
え〜、第一話ですが読んでくれてありがとうございます(ペコリ)
ギャグも無いSSですが、次の話も読んでくれたら嬉しいです。
話が進むに連れて、ギャグが増えていくかも知れません(ぇ)
それにしても橙子さんは難しい(笑)
ですが、頑張って行きたいと思います。(ペコリ)
ちなみに最後の『弧りのオレンジ』ですが、当て字を使いました。
弧で(ヒト)と読んでください。(オイ)
それでは。

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