「はぁ――――――――、なんと例外の多い祭りだ」

重い声が響き、重く木霊する。一層空気が沈みど、声の主は不動である。
感慨深く思える声だが、声の主の顔は一切の変化はなく冷徹な観察眼がただ揺れるだけ。

夜の闇が世界を侵食してもなおも白く荘厳に佇む、丘の上の教会。
そこには神父がいる。もっともマトモナ神職者ではなく魔道の者。
マリア像を前に神父は思案している。
神経質なまでに整えられた長椅子に白い壁。迷える子羊などいない、いるのは外道の神父。

「しかし、いやなるほどアレが噂の・・・・・・・・・・・・・・・・さて、どうしたものか」

ばさり、とそれまで不動だった神父は振り向く。
翻れば悪魔の羽にも見えるであろうコートのような服と、胸の十字架を揺れる。

「噂が真ならば、私では――――――――いや、ランサーが殺された時点で人が相手に出来る者ではない。
 ふむ、ではどうしたものか。アーチャー」

真っ直ぐとソレを見据え、神父は言葉を放った。けれど言葉は返らず、かわりに何かが動いた。
使い込まれた長椅子が幾つも並び有るその一つに、誰かが寝転がっていた。
アーチャーと呼ばれ、その寝転がっていた者が起き上がった。
金髪、紅い瞳、革のライダージャケットの装いの男がつまらなさそうに、気だるそうに体を起こし神父を睨みつける
そして半眼で神父を睨み

「何を悩むコトミネ。聖杯戦争の監督がオマエの役目、排除すればよい事」

単純な解ではないか、そう青年は言う。
聖杯戦争の円滑な運営の妨げになるモノが有ればソレを排除する。それも監督役の役目。
それを良く知っている神父はふむと頷き、微かに笑った。

「確かに。しかし、行き成り排除するのは些か・・・・・・・。せめて慈悲をもって懺悔くらいは聞き届けるのが神父としての勤め、か。
 では、会い行くかアーチャー。
 埋葬機関の化物共が絶賛し畏怖する、殺人貴に」



重い、重い門が内より開け放たれる。















―――――――――Fate/seven night /02











「・・・・・・・無様」

静寂の町より、騒然の街へ繋がる大橋。
時刻は既に丑三つ時
こんな時間に出歩く輩は、娯楽と快楽に飢えた奴か、血と魔力に狂わされた怪人
さて、俺はどちらだろうか

「・・・・・・・・・・ッチ」

冗談の答えを出す程、今の俺は余裕がないようだ。
ドロリ、と粘りのある液体が腹部から数滴滲み出た。

「使い魔と侮った俺が浅はかだったか、二,三割りは持っていかれたぞ。
 これだと後、四,五戦で力尽きるかも知れんな。ふっ、思った以上に馬鹿げた祭りだ」

またドロリ、と粘っこい血が脇腹から滲み出ている。
先の一戦で、防ぎきれなかったランサーの槍が掠めたのだろう。
深くは無いが、決して軽症ではない傷はなかなか血が止まらない。
恐らく学校からここまでの道、血の跡があるかもしれない。
ああ、わかった。慢心だったのはどうやら俺の方だったらしい

「っは。まったく、らくしくないな志貴。いや、らしいのかな七夜志貴」

生憎と、この程度の傷ではまだ死なない。けど怪我には変わりはない。
ふと、先の殺し合いを思い起こす
サーヴァントという最高位の遣い魔は、思ったより強かった。
始終優位に運んだと思われる戦いは、ヤツの油断と傷の御陰ってのもあっただろう。
なぜかは知らんが、無意識に手を抜いていた節がある。まるで呪い。
なんにせよ、槍兵は殺した。蘇生なんて魔法がない限り生き残れないくらい殺した。

しかしランサー、いやサーヴァントという輩はとんでもない化物だけは確信し確証した。
アルクェイドまではいかないが、ネロやロア、シエルなんかより何倍も強い。
さすが、霊長の抑止力と言った所か。そしてその霊長の最終兵器ともいえる者を七も使い行う儀式の出鱈目さも確証した。
断言できる。
きっとこの聖杯戦争の発案者は天才であると同時に、人と呼ぶにはおごがましい程、境界から外れてる。
いったいこの果てに何を望んだのか、魔法とて“終り”があるだろうに
っと、世界中の魔術師が聞いたら殺されるな、この言葉は。

「しかし・・・・・・・」

ポタリ、と脇腹から滲む血が地面に落ちた。

「下手だねぇ、どうも」

まだ違和感が消えない肉体と、それを上手く扱いきれない自分。
もう少し、巧く出来たものを・・・・・・・損な事をした。
やっぱりあの人の力は『じゃじゃ馬』だな、まさか味方に殺されたんじゃ洒落にもならない。
しかし、使い方は大分慣れてきた。次はもっとマシに解体できるだろう。
そして、最後は■■■■を完膚なきまでに殺せるだろう。
いや、殺さなきゃいけない。そのために俺は此処にいるんだ。

「だとしたら、夜が終わるまであと一駒は殺すとしよう」

できれは最弱といわれるキャスターがいいのだが
セイバーやアーチャーならば撤退も一応は考えておこう。一応。
最弱と最強、果たしてどちらに巡り合うことが出来るか、己の運命に訊いてみたいものだ。

「だちらとて、何れは殺す事には変わりないにしろ、せめて最強をお目にかかりたいと思うのは自惚れかな・・・・・・」

血に染まった手で傷を抑えながら、新都へ進む足を速める。
と、思って足が止まった。

「―――――――――――――――む」

突然、視界にノイズが走る。
同時に、ズキリと、悪寒が脳を侵食していく。
(なれてきた感覚だが、やはり美味くないな)
内心文句を言いながら、ノイズが交じる視界の端から端を見る

俺の視界は、肉眼からの視界ではない。
聖骸布で作られ魔眼封じを巻いてる時点で、眼球からの視界は闇。
よって魔眼封じに細工をして、それを第三の目にしている。ただしくはそう造ってもらった物。
魔術品としても概念武装としても一級品のそれはトテモ精密で、硝子のような繊細さがある俺の命綱
その命綱からの視界にノイズが走った。
という事は、何らかの強力な魔力の塊が近くに居るということだと経験で知れている。
もっとも、それ以前に俺の血が警鐘を―――――咆哮している。

どくん、と脈打つ。
歪みがいる。人在らざるモノが俺の近くにいる。
目の前は仄かに闇。
街灯の光も弱々しく、闇が握りつぶしている。
その闇を隠蓑に、歪みがソコにいる。
姿を見せない、動かず観察している。だが殺意を完全に殺しきれていない
蜘蛛の糸程度であるが、俺にはその微弱な殺意がヒシヒシと伝わってくる。

――――――――――三つ。

なるほど、殺すかどうかはコチラ次第といった感じだ。
さて、どうするか。
コチラから前に出てやるか、それとも有無を言わさず殺すか。

「さて、どうしたものか・・・・・ん」

そんな考えは直に止めた。
コツン、コツンと鉄板が仕込まれてるような靴音を立てて、ソイツは出てきた。
闇から出て、なお闇。
簡素なコートに大きな十字架、何処から誰が見ても神父
だが、その連れる空気は外れてる。
どうやら、魔術師の類。ならばマスターか、それとも・・・・・・・・・。
どちらにしてもその立居振舞に隙らしい隙は無い。
恐らく武闘派の魔術師か。だとしたらあまりやり合いたくない部類の輩だ、がそうは行かないのが世の常。
だから

「こんばんわ、神父さん。こんな夜中に巡礼か?それとも慈善行為にでもいかれるのか?」

だから皮肉の一つでも言わなきゃ、損だ。が
言って返ってくる言葉は無し。表情を崩さず、魔術師特有ともいえる冷徹な観察眼で俺を睨む。
予想通りの反応だった。それに、自分で言って馬鹿馬鹿しく思った。
神父?慈善?
まさか、あれは迷える子羊が泣きながら懺悔しようが、容赦なく死刑判決の鉄槌を振り落とす悪魔か閻魔だろ。
なんだ、シエルが普通のシスターに思えてきたぞ。
神父なんかより、死刑執行人か吸血鬼に転職することを勧めてやるか

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そして、暫くの沈黙の後、やっとソイツは口を開いた。

「私は、言峰綺礼。魔術協会より聖杯戦争の監督役に派遣された神父だ」

「監督役が神父で魔術師、か。で、その監督役が俺に何かようか、って聴くのは野暮かな
 排除しに来たか、神父。招かれざる八人目の参加者の俺を」

ポケットに手を入れ、いつでもナイフを出せる準備をする。
刹那に目の前のモノを殺せるように
だが、神父は俺の予想に反した言葉を繋いだ

「本来ならばそうであろうが、生憎と、私では君に傷を負わすことすら敵わない。そうであろう、殺人貴よ」

キン、と空気が張り詰める。
同時に内心、溜息が出た。ここまで来ていたか、と。
思えばアルクェイドと出合って一年余り経つが、よもや代行者や魔術師にも噂が広まっていたか
まぁ、二十七祖の内三体が同じ地区で滅び、真祖が住み着いてるんだ噂にならない方が異常だ。
だからシエルがいくら頑張って隠そうとしても、噂ぐらいは立つだろう。
もっとも、その噂を広めてるのはあの『似非ピーターパン』だろうがな、まったく。
何処かで会ったら釘を、いや、杭を刺しておこう。
そう内心で決意した俺を他所に、神父は言葉を繋ぐ

「噂はそれなりに聞い及んでいたが流していた、いつもの暇潰しの戯言だと思ってな。
 だが、ランサーがやられたとなると。なるほど、たまには真もがあるものだ」

神父は愉快そうに笑った。
そして俺はその神父の言葉で、ああ、と何かが納得できた。

「まさか、アンタが監視されてるとはな。いや、もしやランサーのマスターってのは・・・・・・」

「いかにも。私だ」

やれやれ、と俺は少し呆れた。
祭りの監督役が踊りに参加するとは、知らぬマスター達はさぞ虚をつかれるだろうな。
おや、もしかすると俺は他のマスターの虚を殺してしまった事になり、塩を間接的に送ったのか?
が、まあいいか。

「で、そのマスターが俺に敵討ちでもする気って訳でもなく、挨拶でもしにきたって訳じゃないだろ。
 前置きはもういい。用件を言え神父」

ナイフをポケットの中で握り、殺気を乗せて言葉を放った。

「用件か。用件ならばもうすませた」

「なに。まさか本当に挨拶しにきたなんて言う訳では・・・・」

「そのまさかだ。」

殺る気すら失せた。

「ならば、俺は行くぞ。まだ殺し足らないんでね」

そう言い残し、神父の横を過ぎる。
すれ違う瞬間に感じた、悪寒。
でもそんなものに構わず、新都へ向かう。








◇

「なるほど、あれはもはや人間の領域を逸脱した化物だ。どちらかと言えば、星の隷属に近かろう。
 ――――――――ああ、失念していたが確か奴の後ろにはアレがいるという話であったな」

大粒の汗が頬を通り落ちる。
手に汗が滲む。
対峙しただけで、次の瞬間に殺されるという幻を見せられた。
余りにもリアルで、本能しか理解し得ない幻。

「どうしたコトミネ、殺さないのか?」

どこからともなく、金髪の青年が出た来た。
青年は、神父と七夜のやり取りを一部始終みていた。
その手筈と違う、結果に不満を感じているのが露骨に表れている。

「オマエの手に負えぬなら、我が殺ってもよかったものを」

「いや、奴を殺すのは得策ではない。アレの後ろにはサーヴァントを超える化物が見え隠れしているらしい」

その言葉に、青年の不機嫌さが一層強くなる。
もはや殺意すらまきちらすほど

「ほう、それは我を殺せる存在がこのような現世にいるというのかコトミネ」

「アーチャー。オマエは確かに最強のサーヴァントかも知れん、が月の王相手に勝つことができるか?
 いや、正しくは最有力候補だが、格が違う。一国の王と一星の王、半神半人と完全なる人外。英霊一人が星に勝てぬは、至極当然」

侮辱とも言える神父の言葉は、同時に揺ぎ無い事実でもある。
いかに英霊とよばれる存在であろうと、星の意志の具現を破ることは不可能。
それは英霊なら、英霊だからこそ理解している事
故にアーチャーは、やり場の無い怒りがこみ上げてたまらない。

「それになアーチャー。奴は暫く生かす価値があるのだ」

なぜだ、と青年はいった。

「この戦争には例外を多い。マキリの老人に侍のアサシンと、なにかと問題があり、出てくるだろう。
 ならば例外には例外を、外法は外法に狩らせる。奴はそういった歪みを好み、殺す奴だ」

「我にはコトミネの怠惰が見え隠れするが。よい、我は我の目的を果てせるのであれば文句はない」

王にとってその存在は塵芥に等しい、と青年は悠然と言い放った。
威厳と圧迫感のある態度と言葉に、神父は息を一つ吐いた。

「えらく寛大だな、アーチャー」

「我をなんと心得るコトミネ、よもや十の年月を経ても分からぬと言う愚図ではあるまい」

分かっている、神父は言う。
そう彼は分かっている、アーチャーの真名ではなく抱く烈々なる野心を

「しかし、今宵は機嫌がいいのだな。やけに饒舌ではないか」

「今宵に限った事ではない。時期が来たのだ、我が最後の宝を手に入れる時が既にそこに在る。
 多弁にもなるものだコトミネ」

「そうであったな」

神父は感慨深く瞼を閉じた。

「十年。言葉にすれば二言ではあるが長く、幾星霜の年月にも感じられた時の果てに好機が訪れた。確かに歓喜したくもなるが、まだだ。
 まだ実は熟しておらん、今しばらく傍観しよう。私達が動くのは、駒が減ってからだ」

「ああ、そうであったな。無粋な輩がいては、騎士王との再会には余りにも下手だ」

去った闇にコトミネは十字を切る。

「それまでは私は祈るのみ。せめて、踊り手に安らかなる死が訪れる事を」

その演技がかった神父の態度に、アーチャーは呆れ背を向け帰り始めた。
と、アーチャーは何かを思い出したように立ち止まった。






「ああ、コトミネ。コソコソと覗き見していた蛇は、殺してもよいのだろ?」
アーチャーは不敵に言った。
背後に現れる空間の歪みは数多。奥からは膨大な力が王の命令を待ちわびている。


「好きにしろアーチャー」


途端に暴風。
それと同じ頃に対岸にも、殺意が風が吹く。
さて、誰が今宵死ぬのだろうか。神父は囁き、笑った。

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