夜風が優しく頬を撫でる。
冷たく、それで清楚な風が髪を揺らす。
生憎の曇り空で、愛でる月は姿を見せてくれない。
まるで廃墟のような深夜の校舎。まるで孤独と思わせる屋上。
記憶と経験では、夜の学校にはいい思いでは少ない。いや無いと言っていいだろう。
先輩に殺されかけたり、ロアを殺したり、どれも血なまぐさい。
それでも、夜を冠る名と業による最早“運命”のようなものだと諦めはついている。

フェンス越しに見える世界は、どこか淀んでいる。
別に建物や土地が綻んでる訳ではなく、空気―――雰囲気がどこか普通ではない。
だから異常。
それはこのふざけた祭りのせいか、それとも元々なのか。そんなのに興味はない。
今の自分には、聖杯の目の前に立つ事のみ。そのために七騎の化物を殺す事。
それだけで十分で、それ以上それ以下の存在でもない。
それは誰のためか、それはなんのためか。
一言でまとめるなら、きっと“約束”だろう。

「約束、か。もはや呪縛だな・・・・・・」

言って苦笑してしまった。
すでに意味のない契約など、己を縛る呪いでしかない。
それでも呪いがあるなら、何らかの意味はあるのだろう。
まぁ、もっとも今の俺にはそれを考える時間は与えられそうに無いようだ。

「オイ、早々に出て来い。まさかそれで隠れてるつもりか?」

言葉を投げつけながら、体をフェンスとは逆の給水塔の方へ向ける。
誰も居ない。
いや、俺しか居ないはずだった屋上には何時の間にか影が増えている。

「はぁー。上手く隠れたつもりなんだが、まさか気取られてるとはな・・・」

メンドくさそうに言葉を吐きながら、群青のソレは闇から出てきた。
丁度給水等の上、群所色の身軽な鎧に紅の槍を持った青年がやる気なさそうに俺を見据える。
一見して、あきらかに通常なんて境界線から逸脱した化物
一般人なら皆目検討不明だろうが、その化物に心当たりが俺にはある。

「槍。ということは、ランサーのサーヴァントか?」

青鎧の騎士の獲物を見て、そう問い掛けた。
その問いに騎士の雰囲気が、変わった。
アレは獲物を見る眼だ。

「って事は、オマエも参加者か何かか坊主。だったら殺さねぇとなッ」

殺意を膨れ上がらせながら、ランサーと呼ばれ騎士が槍を彼に向ける。
先ほどまでとは違い、必殺の戦士の顔で彼を睨む。
尋常ならざる殺意が屋上を侵食していく。だが

「フッ。姿を現したときから殺す気だったヤツがなにを今更・・・・」

そして、大きく一息吐く。

「まぁいい。まずはランサー、貴様を殺して幕開けとしよう、俺の―――――運命という戯劇を」











――――― fate/seven night  /01








見下ろすソコには、黒い影のような男。
何時の間にやら握られた一握りの鉄の棒に、多少の耐性加工された衣服に皮のジャケットという軽装。
どこからどうみても、ただの一般市民に見えるが一点だけ気になる物がある。
盲目か?
目の辺りを古ぼけた布でグルグルに巻いている。
あれは何らかの封印だろう。
恐らく魔眼か眼球関係の魔術ってところか。
だとすると、魔術師かただの超能力者か・・・・・・。
どちらにしろ、オレの姿を見たからには悪いが死んでもらうしかない。
昨日の坊主のように、マスターに成り得る可能性があるならば尚更。

さて、少しは楽しませてくれよ坊主





開戦の鐘は無い。

拡大する。
馬鹿正直なまでに一直線にランサーは彼に向かって槍を討ってきた。
彼の視界はランサーで占められていく。
間合いは二十メートル程。
それを刹那にゼロに。
ランサーが地を蹴ると同時に、彼が持つ鉄の棒から白刃が顕になる。


瞬く間に、三合の剣戟。
討ち、払い、振るう、躱、斬る、突く
紅と白銀の軌跡が闇に刻まれ、後に残るは火花の余韻。

「やるなボウズッ」

賛辞の言葉を残しランサーは数歩距離を取る。
相変わらず槍を上段に構え、直様突き殺す体勢にある。
一方彼は、一本のナイフを片手で持ったままの自然体。
殺意どころか、生気すらどこか希薄でならない。
そんな彼が、はぁー、と露骨に溜息を吐いた。

「なんだ、サーヴァントってヤツはこんなモンなのか?」

「なに――――――?」

「まだ吸血鬼の方がマシだ。やはり所詮は使い魔、飼い狗にすぎんないのかランサー?」

キン、と空気が凍る。
ただ一言が、群青鎧の男の逆鱗に触れた。
直視せずとも分かる、致死量の殺気。
それは闘気などを含まない、純粋な殺意。

「狗と言ったな坊主。ならば、我が槍を以って教えてやろう、その言葉の代償を」

「初めからそのくらいの殺気をもってこい。ランサー」

冬の外気が一度下がる。
その後にまた一度低下。
停滞が硬直のように感じる間。
ランサーの紅槍に殺気が、魔力が目に見えて増えるいく。
彼のナイフは、ただ風の様にある。

「―――――――――死ね。」

殺意しかない宣告が早いか、討ち下ろす腕が速いか
ランサーの槍が彼の心臓へ、走る。
一切の無駄も余韻もない必殺の突き。

「オマエが死ね。」

槍と体が触れ合う刹那に、彼が消える。
残像すら残さぬ速さ、後に残った必殺の槍だった物は地面を抉る。
地面に一本の炎のような軌跡が走る。
チッ、とランサーが舌打ちをした。
そして、来た。

シュン、と空を切りランサーの首を切り落とさんを振るわれたナイフ。
次の瞬間には、彼はランサーの頭上にいた。
逆さまの体勢で、軽業のような芸当で刃を振るう。
ソレはまるで死神の鎌のような残光。

キン、と討ち下ろした槍を頭上の彼に走らせ、その刃を防ぐ。

「くそがッ!」

刃を防いでいる槍を振るいなげ、そのまま彼を振り飛ばす。
それだけでも凶器だが、彼はそ知らぬ顔でフェンスの上に着地した。
それも束の間。
今度は彼がランサー目掛けて、疾走する。
間合いを舜で零に、刃を走しる。

縦横無尽に銀の線が、限りなく速く軌跡を残し振るい
急所八点に冷酷までに的確にナイフを走らせる。
そのたびに散る、火花。
その度に増していく、冷気と殺意。
紅槍を盾にし、貫通弾のように打つ
それを柳木のような軽やかさで避け、薔薇の刺のような鋭い突きを放つ
それを槍で打ち払い、火花が飛び散る。

甲高い金切り音が、静寂だった屋上に響き飛ぶ。

「ソラッ!!」

渾身の神速。
一文字に紅槍が振るわれ、扇状の軌跡はまるで断首刀。
常人ならば二三人の首は脊髄ごと吹き飛ばされる断首の槍を彼は、沈んで躱した。
ランサーの膝辺りまで、全身を沈ませ、四つん這いのまま、振るわれた槍とは逆へ滑る。

「はッ!」
何時の間にか逆手に握られてナイフを、ランサーの心臓目掛けて突き上げる。
それはランサーの神速に劣るとも勝らぬ速度。

「ふッ飛べ!!」

ドン、と刃が届くか否やの瞬間
ランサーは彼を蹴り上げ、そのまま彼は高々と飛ばされる。

「そのまま死ぬなよボウズ!!」

夜の空を飛ばされていく彼に、ランサーの声が飛ぶ。
屋上と外空との境界線であるフェンスをゆうに超え、地上二十メートルほどの高さに彼は到達した。
屋上から投げ出された青年は、ただ重力に従って地上へと落下していく。
数秒後には地に肉体をぶつけて、血肉をぶちまけて死ぬ事になるというのに
青年には一切の焦りは無い。むしろ平穏な日常の一光景だと思うほど落ち着いている。

「無論、このまま死ぬほど間抜けではない」

落ちていく、徐々に速度と重さをまして落ちる。はずだった。
彼は蝶が舞い降りるように両手を広げしなやかに静かに地上に足をつく
一切の魔術も無く、傷もなく、衝撃音すらなく。
ただ肉体の力と技によって軽やかに舞い降りた。
芸術的といえば芸術的、寒気がするほど現実味の欠ける技のソレはとても芸術的だろう。
それすら日常かのように、誇らず余韻を残さずその場を飛び出した。

その光景が、ランサーの好戦心に油を注いだ。
もはや先ほどの殺意は、彼への好奇心に殺されていた。
たん、と地上にいる彼目掛けた、上空から槍を突き刺しながら落下。
ガラン、と槍の勢いで地面だけが抉れる。
彼は流れるような、まるで氷上を滑るかのようにソレを回避した。

距離が開く。
ランサーは高揚している。
正体不明の男。
己の槍を何度となく捌き反撃してきた技量。
そして、まだまだ楽しめる、と確証の無い確信を持っている。

場面は屋上からグランドに。
奇しくもランサーにとっては、昨夜と同じ場面運び。
僅か、五メートルほどの間を開けて構え、隙を探りあう二人。
自然と殺意は濃度を薄め、逆に冷気が濃くなる。

「やり合った感じ――――――」

突然、ランサーが静寂を破った。
構えを崩さず、綻ぶ顔を我慢しながら口を開いた。

「魔術師って訳でもなさそうだな、かといってサーヴァントってのも有りえねぇ。駒は既にそろってからな」

「何が言いたい、ランサー」

「何者だオマエ。人の身で俺の槍から生き延びてるヤツなんざ、面白くてたまんねぇ」

「・・・・・・・・・なに、ただの殺人鬼だ」

愉快げなランサーの問いに、彼は静かに答えた。
それに対して、殺人鬼ねぇー、と益々愉快になった。

「いいね、気に入ったぜ。せめて最後に名を聞いておこう」

ランサーの問いが風に乗って彼に届く。
数拍置いて、彼は口を開いた。

「七夜。俺の名は七夜だ、ランサー」

彼、七夜の言の葉は冷風に乗ってランサーに帰る。

「ナナヤ、か。・・・・・・楽しかったぜナナヤ、そして、お別れだッ!」

「だから・・・・・・・無意味なんだよ」

紅い槍が、一直線に伸びる。
白銀の刃が、弧を描いて空気を裂く。
そして、ぶつかる。
火花が一つ散る。
それが消える前に再び、火花が散る。
ゼロ距離での斬撃に出る七夜
僅か距離を置いて刺撃に出るランサー。
獲物のリーチが違うため、それぞれ間合いが違う。

七夜が懐に入りナイフを振れば
ランサーは飛び退きながら槍を討つ
そして七夜がまた懐に滑り込みナイフを突き刺す。
実体の無い獲物が飛び交い、紅と銀だけの軌跡がそこに死がある事を物語る。

距離が出来ると七夜は重心を沈め、まるで地面を這い滑るように疾走する。
まるで蜘蛛が、獣の速さを得たかのような動き。
それは十分な速さがある。
けれどサーヴァント最速のランサーにとっては

「―――遅い」

ランサーの槍は地を這うように迫る志貴目掛け放たれ刺さる
神速、音速すら超える、光速めいたランサーの槍が七夜を討つ。
だが
槍は確かに刺さった、志貴の残像に。

「――――――――ッ!」

捕らえたはずの七夜は槍が当たるかどうかの刹那に姿を消した。
瞬間的にランサーですら視覚できないほどの速さで。
いや、今までとは比べならない程の速さのために、ランサーの目が付いていけなかった。
急激な緩急の動きが七夜の狙い。
虚を突かれた行動、その驚愕の間際に背後に七夜がまわる

「―――――――」
「っチ!!でたらめ野郎が!」

悪態をつきながらも、地面に突き刺した槍を軸に、くるりと一八〇度回転する。
まるでコンパスのようなソレは、軽業のように見える。
ランサーはそのまま槍を抜く力を利用し、距離をとる。
咄嗟に避けたにも関わらず、ランサーの腕には一筋の紅い線
七夜はランサーが跳び退く事を許さず、間髪入れず疾走し、刃を縦横無尽に不規則に振るう、限り無く速く

「なめるな!」

怒涛は烈火に、繰り出される紅槍。
ランサーは槍を突き出す、七夜を貫かんと刺し出す。
紅い点と白銀の扇状の線は火花と鈴のような音を奏で交合う
両者、人間の領域を越えた攻防を演じる
点の攻撃のランサー、線の攻撃の七夜。どちらが防ぎ難いかは言うまでも無い。
だが、不思議と攻防は拮抗している。
線は隙間が無いほどに縦横無尽に走り、まるで線ではなく、面の攻撃のように勢いを増す。
点と面での攻防ならば、それは壁と槍との攻防のようなモノ。
それでも、壁は刹那に過ぎない。

「ッチ―――――」

けれど先に飛び退いたのはランサーだった。
剣戟の僅かな隙に大きく飛び退く。
そして、七夜という殺人鬼を睨む。
先ほどの歓喜の要因だった正体不明っぷりがここで不快に感じてきた。
が、それはかれにとっては些細な事だろう。
なんせ、彼は強い者と闘うことが何よりも好きなのだから。

「剣戟を重ねる毎に強くなってくる、いや開放か?どちらにしても人が俺と互角に戦えるってのは疑問でならないな」

「ランサー。そんな体面なんか、殺し合いの場では無意味だ。でないと、瞬きしてる瞬間に死ぬぞ」

「はッ!そりゃそうだ!」

ランサーは槍を上段に構え、深く息を吐く。
すると、空気が軋む。

「俺は強いヤツと闘えればいい。それがサーヴァントだろうが殺人鬼だろうが関係ない」

大気が凍る。
魔力が膨れ上がる、紅き槍は魔槍に。
その変化を感じ取ったのか、七夜か構えを厳しくする。

「だからよ、俺の必殺の槍で、殺してやるぜナナヤ」

目に見えるほどの魔力。
紅い蜃気楼を纏った槍が、その照準をナナヤに合わせる。
すると七夜は、ナイフを持っていない左手を包帯にかける。

「なら、俺も必殺で答えないと礼に反するな」

しゅるしゅる、と目を覆っていた包帯が解かれる。
盲目者のようにぐるぐると巻かれた包帯。それは魔眼封じの包帯。
それは封印。
ある魔法使いから貰い受けた彼の生命線のようなもので
七夜を七夜の極地へと導く道標を覆っていた封印。
それを解く事は絶対の死を振るうと同義。
ソレが振り解かれ、閉じた目をゆっくりと開く。

「魔眼使い、か。やはり魔術師の類か」

構えを崩さないまま、ランサーは問う。

「先ほど殺人鬼と答えたろ。俺は、魔術師でも、ましてや魔法使いでもない」

七夜の瞳がゆっくりと開かれる。

「俺は――――――死に損いの、殺人貴」

詠うように紡ぐ言葉。
何か過去を思い出すように言う言葉には、寒気すら感じてくる。
閉じられた瞳が開く。
どくん、どくん、と七夜の心臓が高騰する。
熱くなる体。
それとは逆に開かれた目は―――――――――冷たい。
蒼い、蒼い、硝子の月のように蒼い。
七夜の目は蒼。
すべてを氷つかすような冷たい蒼。
底のない、果てもない、終わりしかない蒼眼。
大気が怯え、自然が怯える。
この場に、“死”の具現者がいる事を世界は恐れている。

「ッ――――――――――!」

ランサーの息が詰まる。
呪縛や魅了の類でもなければ、石化の魔眼でもない彼の眼を見て、驚愕した。
“なんて、眼をしてやがる。だが、どこか懐かしくも、恐ろしい眼だ”
ギュ、と槍を握る手に力が入る。

「宝具を出すなら早くしろ、死んでからでは悔やむことすら出来ぬぞ」

言葉を告げ終わる前に七夜は幻影のように消えた。
瞬間移動したかの如くランサーの目の前に現われ、刃を突き出す。

「お望み通り、くれてやる!」

――――――刹那

魔力は万全、問題は一切ない。
ならば、後は告げるのみ。

「心臓を討ち刺せ―――――――ゲイ・」

――――――瞬き

「ボルク―――――――――――」


紅き彗星は流れる。
容赦などない、手加減など皆無、慈悲も無し。
逃げることは不能。
すでに決定された因果が放たれた。


速さは流星、威力は貫通弾。
小細工なしに、七夜の心臓目掛けて紅き魔槍は伸びる。

そして、突き出された刃が魔槍とぶつかる。


――――――刹那に停滞






パリン。



「な――――――――――に」

驚愕はランサーのものだった。
放たれた回避不能の魔槍は、七夜の刃とぶつかった瞬間
硝子細工の様に砕けた。
纏った魔力も、編まれた因果ごと完膚なきまでに、貴き幻想は壊れた。

紅い蜃気楼が両者の狭間に漂う。

――――――――緩やかな刹那

突き出したランサーの腕が宙に飛ぶ。
刃の軌跡だけが残る。
噴出す血は遅い、その前に刃は加速する。


「ちく―――――しょうが!」

残った左手を前に、体を後退。

「せめて、極彩と―――――――――」

流れる刃を瞬時に逆手、全身をバネにし軋ませ

宙に古の文字が刻まれてる。
人一人を十分火葬できる炎のルーン。
しかし、その完結までは絶対的に遅すぎる。

―――――――刹那に幻視

自分の体に綻びのような黒いラクガキが幻の様に見えた。
瞬時に、それが己の死だという事実をぶつけられた。
ランサーの幻視は真実。

死神が迫る

「――――――――――――散れ。」

乖離の刃が舞う。
闇夜に十三の銀線が浮かぶ。
ランサーの体を瞬時になぞり、瞬き解体。
その作業はとても鮮やかに、美しい。

「あ、ガー―――――――」

漏れる声は意味はなかった。もし、あるとするとそれはランサーしか分からない。
銀の線が走ったランサーの体は、肉の塊となり、血の海に沈んだ。
それはもはやランサーなどと、英雄などとは呼んだ物ではなたく、ただの肉塊。
そして、数秒後には、塵となり消えた。

それを見終えると七夜は、ふん、と血振るいをし、白刃を納め
ポケットに仕舞い、包帯を巻き直し、ふぅー、と大きく息を吐く。

「さて。次の獲物は、と」

夜闇に解け行く青年。
七夜志貴という殺人鬼は、この聖杯戦争の中、翔ける。
包帯により見えぬ眼には、すでに次の獲物が写る。
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