俺は、どうやら人を殺したらしい。





ポタリ、朱い雫が垂れた。
「俺が・・・・・・・・・・・殺した?」
辺りには無骨な機械の破片と人の肉片。
あまりにも不出来な人型のオブジェクトが散らばり、人骨が散乱している。

――――――なんで?

血飛沫で鉄の塊も紅く
とても鼻につく臭いがただよっている。

――――――なんだよ。

今は使われない廃工場には、沢山の何かだった沢山の鉄屑と肉片が散らばってる。
その中心に俺が立っている。

――――――おかしい。

血の付いた学生服を着てる俺。
鉄臭い手でナイフを握ってる俺。
いつか先生に貰った眼鏡を外している俺。

――――――わからない。

どくん、どくん、と脈打つ心臓がやけに五月蝿い。
体が痛い。
なんでだろう、あちこち傷がある。
上手く考えがまとまらない頭でもこれだけは分かる。

――――――どうやら俺は

「人を・・・・・・・・殺した」

らしい・・・・・。
足元にある人だった紅いモノ。
何人のもの血が海が出来て、鉄屑と肉片が漂ってる。
ラクガキだらけの世界が赤く染まってる。
気持ち悪い。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・



「問う。君は―――――――食人鬼か、それとも殺人鬼か」

沈黙を刺し貫く凛とした、鈴の音のような声が聞こえた。
後ろから、聞こえた。
振り返ろうとして俺は―――――――――意識を失って血の海に沈んだ。


ひどく、無様に・・・・・・・・・・・・















―――――――月下錬金 /01



『起きるニャ。起きろニャ。あんま寝てっと、太陽ごとぶっ飛ばすぞ!』
そんなふざけた猫型目覚し時計の声が、睡眠を邪魔する。
うう、と目覚し時計に抵抗して寝ようとするが、それを許してくれそうにもなく、仕方なく起きる事にした。
寝たり無い体を起こして

「メガネ、メガネ、と」
ベットの脇に置いてある眼鏡をかけて、やっと目を開けてベットから下りる。
うー、と背伸びをして、窓を開けると外は清々しい晴天、雲ひとつ無い青空。

「ああ、いい天気だな。うん」
眩しく差し込む朝日はとても綺麗で、気持ちいい。
今日も無事に朝を迎えられたんだなと、思って嬉しかった。
何気ない朝なのに、俺にとってはとても幸せなんだ。

「さて、着替えて食堂に行かないとな。またおかずを盗むまえに」
そんないつもの朝で俺、七夜志貴の一日が始まった。

八年前、大きな事故に遭うも何とか一命をとりとめたが、後遺症として慢性的な貧血に悩まされ
何時死んでもおかしくない体と完全に壊れた眼になってしまった。
両親がその事故で亡くなったらしく、身寄りの亡くなった俺を引き取ってくれたのが
親父の友人という時南宗玄という老人で、運がいいことに時南の家は医者だったため同時に掛かり付けの医者にもなってくれた。
宗玄じいさんの一人娘の朱鷺恵さんも、とてもやさしくて俺は何の不満もなく六年間過ごしてきた。
それも中学を卒業と同時に、隣県の高校に入り寮に住むことにした。
始めはこんな不安定な体だから、じいさんも朱鷺恵さんも心配してくれたし俺自身もちょっと不安だったが
それでも何とか元気で生活してる。
そして高校生活二年目、友達と呼べる人もいて、家族もいて、体もまだ動いてくれる
十六歳の春、俺は何も不満も感じる事無く日常を送っていた。








遅刻寸前に学校に登校して、教室で有彦と馬鹿げた雑談する。
昼には高田と有彦、そして弓塚さんの四人で屋上で昼食を摂って
午後には、睡魔に負けてついつい居眠りをしてしまった。
そして、放課後。週番の仕事が終わったのは日が落ちた頃だった。

校舎にはもう教員しか残っていない、だから俺は早々と下校した。
その途中ふと昼、有彦達との会話を思い出した。

「神隠し?」
そんな聴き慣れない単語が口から出た。
「そうなんだよ、今月にはいって二十人くらい行方不明になってんだよ」

赤髪の短髪に耳にピアスと一見不良で、実に不良の男がパンをかじりながら話を投げつけてきた。
男は乾有彦という、小学校からの悪友で親友。
そして最大の天敵でもあるという、腐れ縁でもあったりするのが残念!

「ただの家出の類じゃないのか?」
「二十人だぞ!しかもこの地区だけでも十人以上が行き成り合同家出すると思うか?
 しかも全員が、或る日突然消えちまって、どこを探しても出てきやしねぇときた。
 まさに現代の神隠し!」
「へぇー。」
「へぇー、じゃない。しかもだぞ、その失踪ってのは何でもあのお化け工場がある森で頻繁に起きてるらしいだ」
「お化け工場って、学校の近くにある廃工場か?」

そうよっ、と答える有彦。
この学校の周りは林に囲まれ、学校から少し離れたところに今は疲れていない廃工場がポツンと建っている。
辺りを林に囲まれた場所にポツリと佇む廃工場は不気味も不気味。
夏にはいい肝試しスポットとなっている地元の心霊スポットである。
普段は、いや何時もあの廃工場に寄り付く人はいない。

「しかし、なんだってあんな工場に?」
「さぁな。でもアソコで失踪した人を見たってやるがいるからな。もしくは幽霊か」
「ふーん。そうなんだ」



そんな会話を今になって思い出した。
丁度、帰り道の途中に廃工場へ向かう道がある。
もう日が落ちて、辺りが薄暗くなっているのに、なぜか、気になって廃工場へと向かった。




◇

林を抜けて、扉の無い廃工場の中が見えてきた時、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
早く帰らないと門限に、夕食の時間に遅れるって言うのに
こんな不気味なところに一人で、なにしてるんだろう、と。

「やっぱり、帰ろう」

あと数メートルで廃工場に到着するって所で、帰る決心をした。
くるりと方向転換して、来た道を帰る。そう足を前に出した
その時。

―――――どくん、

紅い何かが見えた。

―――――どくん、

銀色の何かが見えた。

―――――どくん、

廃工場の中に何かいる。誰かいる。

―――――どくん、

暗い、暗い夜の工場内から、何かが出てきた。
赤い、赤い、何かをもって。

どくん、どくん、どくん

大柄な人型、鉄屑で作られたそれが赤い、雫を垂らす肌色の何かを手にもって出てきた。

どくん、どくん、どくん――――――――うるさい。

赤い目、赤い水、赤い塊。
ニヤリ、と不細工に笑う鉄の塊、肉の塊を咥えて俺を見ている。


どくん、どくん、どくん、どくん――――――――殺せ。

ああそうだ、俺はきっと―――――――――――殺したい。







◇


夜の箱庭。
廃工場の中は正に地獄に等しき惨劇。
喰われるのを待つ者を、笑いながら眺めじっくりと貪る化物。
行儀悪く散らばった肉片や肉塊をまた、化物が喰う。
それがつい半刻ほど前の状況だった。

一閃で発起。
青年が一人、ナイフを持って乱入してきた。
化物は気づく間もなく解体され、見ることもなく塵と消える。
機械の体の化物が十体以上いた、その化物に食われていた人間はもう肉塊になって散らばっている。
人の血溜の中を青年は走って、化物を殺して行く。

背後から一刺し
頭上から断首
胴体から二つに断ち切り
一振りにて即死
一瞬にて十五に解体

止まる事無く、化物の群れのなかを走り殺し続ける。
決して仕損じることなく、神速と無情の刃を以って即死とす
腕を振るうたびに死ぬ化物、走るたびに飛び散る血潮
それでも青年は、冷酷無比の殺害を振るう。

気づけば、そこに彼しかいない。


ポタリ、と赤い雫が落ちる。
気がつけば、鉄屑と肉片に囲まれていた。
動く物はいない。生きてる者は誰一人いない。
殺戮の舞台に彼だけがいた。
ナイフを握って不敵に笑う殺人鬼が、何の感慨なく虚ろな瞳をしてたっていた。
コツン、と彼の後ろから足音。
それでも彼は振り返る事無く、まるで人形のように立ち尽くす。

『問う。君は―――――――――――

殺戮劇の舞台に木霊する鈴の音のような声。

 ――――――――食人鬼か、それとも殺人鬼か』

黒髪の少女が黒髪の少年にその言の葉を送る。


◇

「うわぁぁぁああああああ!!!!!」
悲鳴が部屋に木霊する。
何かに怯える様に起きた。
はぁはぁはぁ、と生きを荒立って五月蝿い。

「はぁはぁ・・・・な、なんだったんだ」
起きてもラクガキだらけの世界だった、だから急いで眼鏡を探してかける。
そして、気づけばここは寄宿舎で、自分の部屋だった。

「俺の部屋ってことは、あれは夢だったのか・・・・・・・・」
記憶は朧で、いつ自分が寄宿舎に帰ったのかワカラナイ。
それに、あの夢


赤い、朱い、紅い
叫ぶ女の人、食われる子供、貪る機械。
バラバラの人、転がる肉塊、機械が笑。
古いフィルに写るのは紅い世界、人が鉄の塊に食われて、鉄の塊が殺されて・・・・・・・・
血飛沫の中、鉄の化物しか見えない。
鉄塊に写るラクガキしか見る必要は無い、そこにナイフを通せば気持ちよく解体できて
鉄塊をバラバラにすると、中から血と肉片がぶちまけられる。
古いセピア色の映画を見ている感覚で、気持ち悪い程の現実感。
これが現実なのか、それとも悪い夢なのかわからない。
でもただ言える事は、俺はそこで――――――――――――――笑ってた。


「っう」
思い出して吐き気がした。
恐い。
訳の分からない化物に、沢山の人の死体。
物凄く性質の悪い夢。

「夢、夢だよな。だってあんな化物・・・・・・」
居る筈がない。
ふと、壁にかけてある制服を見ると、汚れ一つない状態だった。
それを確認すると、あれが夢だったんだと安心した。

「でも、なんだろ・・・・・・・・」

『問う。君は食人鬼か、それとも殺人鬼か』
その声が頭から離れない。
あの悪夢の中で、鈴の音のように清楚な声がとても不似合いでココロに残る。
あれは誰だったのだろう、と考えても夢の中の事なら考えるだけ無駄だろう。

「悪い夢、だったんだよね」
そう結論付けて、再び眠りに就くことにした。




翌朝。
いつもの猫型目覚し時計に起こされた朝はいつもどおりだった。
窓を開ければ清々しい日差しが部屋に入り、新鮮な空気が肺を満たす。
夢の中では血まみれだった制服も、いつも通りの綺麗なままで
食堂にはいつも通りの面々が揃う。

いつもと変わらない日常。
やっぱり、昨日の事は悪い夢だったんだろう、だって、でないとあんな化物・・・・・・・。
でも、その思いは余り長くは続かなかった。

「え。殺人事件?」
「ああ、神隠しから殺人事件に変わったらしいぜ」
朝のHR前の教室で、有彦がそんな物騒な事を言った。
その殺人、という単語に心臓がドクン、と跳ねた。

「殺人事件って、何時」
「それがよ、昨日の夜。しかもあのお化け工場で沢山の死体が発見されたらしいぜ。
 なんでも一人や二人なんて数じゃないらしいぜ、所謂、大量殺人だなこりゃ」
「廃工場で・・・・大量、殺人」

悪夢が頭を過ぎった。
沢山の血、沢山の肉片、沢山の死体に、沢山の鉄屑。
蘇る血の臭いと吐き気。

「うっ」
「お、おい大丈夫か七夜。貧血か?保健室行くか」

鮮明に蘇った紅い記憶で、眩暈がした。
大量殺人。
昨日の夜。
廃工場。
その三つの単語が、脈拍を上げる。
夢だと思った事が、まさか本当に・・・・・・・・・・・。
だとしたら、殺したのは俺なのか?

「おい七夜、大丈夫かよ。真っ青だぞ顔、早退するか」
心配して声をかける有彦、その声がトテモ遠く感じる。

「大丈夫だ、ちょっと眩暈がしただけだから」
「そうか?その割には死刑前の囚人みたいな顔だったぞ」

その皮肉にも的を得た例えに、俺は妙に納得して、笑ってしまった。
ああ、死刑囚か。
もし、あれが本当なら俺は人を笑いながら殺した最低の殺人鬼で、死刑決定だよな。

何時もと同じ日常は、何時もと少し違う日常だった。




朝の一件のせいかい、その日はとても憂鬱だった。
昼も食べる気がしなかった、授業にも集中できるはずもなかった。
一日中、俺は本当に人を殺したのか、と怯えていた。
悪夢が現実のものだとするなら、俺はどうしたらいい。
警察に出頭するか、宗玄じいさんはきっと怒るだろうな。朱鷺恵さんはどうだろう、迷惑かけるだろう。
有彦達にも、きっと・・・・・・・・。
そんなことばかり、ずっと考えてたら、放課後だった。
週番の仕事を、手早く片付けて教室を出ようとした。
すると、その前に一人の教員が来た。

「七夜志貴。ついでに、中庭の清掃もしろ」

何のついでかは知らないが、その教員、巳田はそう命令的に言い残し出て行った。
なんだか、自暴自棄な感じだったから言われるままに俺はそのまま中庭を掃除した。



「やっと終わった。もうこんな時間か、どーりで誰もいないはずだ、報告済ませて帰ろう」

掃除が終わった頃には、もう日は落ちて夜となっていた。
校舎をぐるりとまわって玄関に向かう
昼間はさわがしいほど人がいるのに夜になると誰もいなくなってシーーンと静まり返る
キョロキョロと辺りを見渡すが・・・・・

「しっかし、夜の学校ってどうしてこう―――――――」
学校の塀の向こうに見える建物
ボロボロになったコンクリートの塊
「廃工場・・・・・・・・・」

月に照らされて、まるで白骨の城のようなソコには沢山の死体があった。
ちょうど昨日の今ごろだっただろう。
興味本位で向かったそこで、俺はどうやら人を殺したらしい・・・・・・・・。

『問う。君は食人鬼か、それとも殺人鬼か』

思わず思い出した昨日の悪夢。
そのせいでまた吐き気がしてきた。

「報告は明日にして、今日はもう帰ろう・・・・・・・」

そう決めた、帰ろうとした時。
どくん、と心臓が一際強く脈打った。視界がぐらり、と揺れる。
知ってる、この感じ。
昨日と同じ、貧血とは違う、体が疼く感じ、体が熱く冷たくなる感じ。

「ハァ―――ハーァー」
呼吸が荒くなる。

「どこへ行く?」
背後から、聞き覚えのある声がした。
静寂に沈んだ校内から俺以外の声が聞こえた
それと同時に俺の心臓が叫ぶように跳ねる
―――――どくん
―――――どくん、どくん

「どこへ行く?中庭の清掃はすんだのか?」
声をかけてきたのは、どうやら巳田教員のようだ

「は、はい。今、終わりました」
荒くなる呼吸を抑えて、いつも通りにに返す。

「そうか、しかしそれはどうでもいい」
「え?それはどういう」
事なのか、聞く前に息を呑んだ。
ぞくり、と嫌な悪寒がした。
どこからでもない、目の前の巳田から・・・・・・・・。

「昨夜、廃工場で事件があったのを知っているか」
「は、はい。ニュースで知ってます」

なんだろう、とても嫌な予感がする。
巳田が少しずつ近づいてくる。
するとドクン、と心臓が跳ねる。指先が痺れる

「では、昨日の夜。オマエはどこにいた」
「どこにって・・・・・・・・」

答えれる筈がない。
自分だって何処にいたのか確かじゃないんだ。
もしかしたら、本当にあの場にいたかもしれないんだ。

「答えられないか。ならば教えてやろう」

――――――どくん

近づいてくる巳田に、俺は一歩引いた。

「昨日、廃工場で同胞が何者かに殺された。私の獲物ともども消えていた」

――――――どくん、どくん。
恐い。
体が熱い。
目が熱い。
体が震える。心臓が危険と警鐘を打ち鳴らす。

近づく巳田は、違う。なにか違う。
ぱりぱり、と巳田という人間の金箔が剥がれていく。
そこから銀色の機械が見える。

――――――コロセ。

「っう―――――――――――!!!」
胸の傷が痛む。

「2−B七夜志貴、キサマカー――――」

―――――ドクン ドクン
痛い!胸が痛い
―――――コロセ コロセ コロセ
頭が痛い 誰かが叫んでるように響いてくる
体が熱い 焦げそうだ 目が熱い

「ワタシの同胞と餌を殺したのは――――――――――――――!!!!!!」

この現実を必死で否定する
目の前の人とは思えない人の格好をしたモノを否定する
心臓が一層跳ねる 頭に咆哮のように叫んでくる声が

「――――――死ねーーーーー!!!」
「!!!?」
巳田だったものは、機械で出来た巨大な大コブラに姿を変えた
銀色で何メートルもある現実離れした化け物

「う、わぁあああああああああああ!!!」

襲い掛かる銀の大蛇から逃げるように走り出す
これは夢だ、と自分に言い聞かせるけど本能はそれを否定する。
そして理性はソレが昨日見た化物と同じものだと理解した。
その化物が大きな口を開けて、俺を殺そうとしている。

ズガァ!!!
「うわぁぁあぁぁあ!!」
銀の大蛇が俺めがけ食いかかった
それを咄嗟に避ける大蛇は地面に突っ込む
「夢じゃない!夢なんかじゃなかった!!じゃあーーーーーー」

今更認めた。
昨日の悪夢も、目の前の化物も全て現実なのだと。
なら、俺はどうすれば・・・・・・・・・

―――――――コロセ
頭に響く冷たい命令。

逃げる。
蛇の化物から逃げる。
あれに捕まれば、殺される。絶対に殺される。
だから、逃げる。
玄関前から中庭へと逃げる。

「冗談じゃない、なんで――――――あ」

ポケットに仕舞っていた携帯に着信が入って震える。
こんな時になんだって言うんだ。
普通ならこんな状況に電話なんて出る筈がないのに、なぜかそれがトテモ大事だと感じて出た。
すると、電話口の向こうから聞きなれない声が

『三分で行く、それまでもたせろ』

電話越しだけど、その声には覚えがある
それは昨日の夢に出てきた声と同じ。

「誰なんだ君は!なんだんだよアレは!」

電話に出たのは女の声
何か知ってるんだろ絶対、だから知りたい
理不尽で非現実的な状況のせいか、八つ当たり気味に言った。

「オレはいったい、どうなっているんだ!!!?!」

ぞくり、背中に寒気がした。
振り向く暇なく角を飛び曲がる。
その後ろで、ガチィ、と硬い何かがアスファルトを抉る音がした。
すぐさま、また走る。
まずい、話すの夢中で何時の間にか銀の大蛇に追いつかれていた
後ろから襲い掛かってきたが何とか回避できた
今のはあぶなかった!

『移動しながらでは話づらい、掻い摘むがいいか』
「ああ、そうしてくれ」

こんな状況で詳しく話されても半分も理解も出来ないだろうから。
簡潔にされると非常に助かる。
携帯を耳にあてながら全速力で裏校庭に向かって逃げる
細い路地を通って少しでも時間稼ぎができればと思って

『いいか?アレの名称は”ホムンクルス”人に潜み人に化け人を食らう怪物だ』
「人を食う化物?」
『そうだ。私はアレを追ってこの街に来た、そして昨夜、キミが殺した化物の仲間だ』
「俺が殺したって、そんなこと―――――――」

知らない。
俺はただ見ていただけなんだ。
紅い映画を見ていただけだ。

シャアアアアアアアアアアア!!!
大蛇の咆哮が響い渡る
近くにもう居る

「やばい、追いつかれる!!」
『そうか、なら致し方ない。私が許可する、殺せ』
「殺せって、あんな化物相手になにができるんだッ――――――――――」

できる訳がない。
あんんば出鱈目な化物を殺せる訳が、俺に出来るわけがない。
だって俺は普通の高校生で、あんな化物なんて知らない、無理に決まってる。

『まさか、覚えてないのか昨夜の事を』
「だから、俺はそんなの知らない―――――――――――」

シャァアアァァア―――――、と空気を切り裂くような雄たけびが聞こえた。
まずい。
何がまずいって、何もかもまずい。
只でさえ八年前の事故の後遺症で体が弱いってのに、全速力で何分も走り続けて今にも心臓が爆発しそうだ。
そして、そんな逃走も意味無く化物が迫ってくる。
正に絶体絶命というやつだ。

「ちくしょうっ!どうしろってんだっ!」
『後少しで到着する。それまで、持たせろ』

そんな余裕は一切ない。
いつ倒れても不思議じゃない体で、全速力で走ってるんだ。
自分の心臓の鼓動の音で、ろくに電話の声も聞こえない状態。
一瞬でも気を緩めると糸が切れてしまいそうな、人形の気持ちが少し分かった気がする。

夜の静寂は何処へ
周囲の音が自分の鼓動に消え、闇夜は月明かりに削られる。
中庭を抜け、何も考えずに裏庭まで走っって今更気づいた。
なんで、こう人気のない場所へ場所へ逃げたんだ。
しかも、行き止まりと来た。

「ハァハァハァ―――――やばい」

裏庭、しかも夜。
見事に人気はなく、静まり返ったそこはまるで密室。
自分はまさに蛇に追い詰められたねずみ。

「冗談じゃない。どうにかしないと」

ピンチの時はよくものを考えるコト。そう先生が言っていた。
ごめん先生。そんな余裕をもてるほど俺は大物じゃないよ。
コトの展開と状況に付いていけない、おまけに酸素不足の頭で、冷静のモノを考えられない。
静まらない鼓動、どくん、どくん、と血液を送る心臓。
辺りを見渡して気づいた。

「追って・・・・・・こない?」

先ほどまでの雄たけびが嘘のように聞こえない。
静か過ぎる。
諦めたか?
いや、そんなはずがない。あの殺気は獲物が逃げるくらいで諦めるモノじゃない。
確実に俺を殺しに来る。
もう、逃げ道はない。
なら、

「やるっていうなら、やってやるっ」

半ば自棄。
鞄から、形見のナイフを取り出して鞄を放り投げる。
黒い鉄の棒から、パチリ、と白い刃を出す。
あんな化物相手に頼りないナイフを、ぎゅっと握る。

どくん、と頭痛がする。
貧血とは違う、眩暈がする。

「――――――――――――――――っ!」

ぞくり、と背筋が凍った。
理性がソレを理解する前に、本能が体を前に跳ばした。

数秒遅れて、轟音
自分がいた場所の地面が盛り上がり、吹き飛んだ。

振り返れば、蛇の化物が地面から大口を開けて飛び出してきた。
あと数秒遅ければ、あのまま胃袋へ直行だった。

―――――――コロセ。
ずきり、と鋭い頭痛がする。
一瞬、視界が赤く染まる。

にょきにょきと地中から三メートルは有ろうかという鉄の蛇が出てきた。
見ているだけで、寒気がする巨躯。
にらまれるだけで、震えてしまう紅い目。

「ッチ。すばしっこい奴だ。今のでくわれていればいいものを」

ギロリ、と巳田が俺を睨む。
蛇の顔に埋もれた巳田の顔は、俺を餌のように見下している。
手の振るえがおさまらない。
気持ち悪い、この緊迫した圧力に押しつぶされそうで気持ち悪い。
頭が痛い、体が熱い、眼が熱い、傷が痛む。

「もう逃がさん。ここで殺す。」
ギラリ、と獣の眼が光る。
圧迫感が増す。



時間の流れがゆっくりと感じる。

鉄の蛇が大きな口を開ける。牙のある口を俺に向ける。

殺される。

巨大な体が動く、鉄の塊が蠢き走る。

逃げろッ!

紅い瞳が俺を捕らえる、視界が化物で一杯になる。

殺される。

体が拒絶する。悪寒が全身を包む。逃げろと、跳べと叫ぶ。

無音の間。無光の世界が迫る。

「あ――――――――――――――――――」

知らずに眼鏡を外した。途端に世界にラクガキが走った。
その無光の世界にも、当然のように黒い線が走る。

「ああ――――――――――――――――――」

もう、化物の姿は見えない。ただ奴の口が俺の視界を覆ってる。
ああ、殺される。
俺はコイツに――――――――――――――殺される。







◇

一際デカイ衝撃音。
それは校舎の裏から、まるで1tトラックが事故を起こしたかのような音。
闇夜を走り、最短のルートで駆ける一人の少女。
人間離れしたその跳躍で、一気に玄関前から裏庭の震源地へ向かう。

「ッチ。遅かったか」

そこで彼女が見たのは、一匹の大蛇。
体は機械で出来た、三メートル以上は有ろうかと言う大蛇。
ホムンクルス、とよばれる人食い化物だけが、そこにいた。
近くに学生鞄が転がっている、けれどその持ち主は見当たらない。
つまり、捕食された

「だが、今ならまだ間に合うかもしれない」

そして、少女は跳んだ。
背後から、ホムンクルス目掛けて跳躍。

「武装錬金――――バルキリースカー!!」

四本の直刀の鎌。それが両太腿に装着された。
その咆哮に気づき、ホムンクルスは振り返る。

「処刑鎌の武装錬金。そうか、お前はが錬金の―――――」

「お喋りの時間はないッ!今すぐ死ね!」

四本の鎌が刺し動く。



◇

何も聞こえない。暗い暗い、そこはトテモ暗く気持ち悪い。
光はなく、何かが蠢く音が聞こえ、生臭い。
ごつごつとして、トテモ居心地悪い。あの化物の腹の中はとても不快だ。

殺される。

きっとこのまま腹の中にいると俺はあいつの栄養になる。
そんなの御免だ。

殺される。

俺はまだ何もしていない。
心臓だってまだ動いてる。どくん、どくん、と動いてる。
体だってまだ熱をもってる。火傷してしまいそうに、熱い。
まだ死にたくない。八年前、一度死んだからその痛みをしっている。
だから、死にたくないんだ。
なら・・・・・・・・やることは唯一つ


――――――殺される。


意識はある。
体は動く腕も動く、足も動く、ナイフだって握っている、眼鏡は外してる。
なら、問題は何もない。


――――――殺される。

ああそうだ。殺されるんだ。


――――――コロス


アイツは俺に、殺される。



頭のなかで、何かカチリと嵌る。
それだけで、思考はクリアになり、体は冷たくなる。
この黒い世界にも、もっと黒い線が見える。
はやく出よう。ここは不快でたまらない。

腕を動かし、ナイフで線をなぞる。
それだけだ。




◇


ギェェアアアアアアーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!

突然の絶叫。トテモ奇怪な叫びが空気を響かせ、木霊する。
あまりに唐突で不可解なソレに思わず距離を取った。

「なにが――――――――――なっ!」

バルキリースカートをホムンクルスに向けたまま
蛇のホムンクルスが苦しむ様子を見ていて、絶句した。

体の中腹よりやや下辺りに、銀の閃光が走った。
錯覚か幻覚かと、思うより先に更なる衝撃が姿を現した。

「う、そ・・・・・・・・」

戦闘中にも関わらず、思わず思考が停止した。
目を見開いて、目の前の現実を直視するが、信じられない。

人が飛び出してきた。
腹を切り裂いて、黒髪の少年が飛び出してきた。
ホムンクルスの鉄の体を、変哲のないナイフで裂いて颯爽で現れた。

馬鹿な。なんて出鱈目。
錬金術で作り出されたホムンクルスは、同じ錬金術で作られた武器でなければ傷つかない。
それが通説。
それをたった一本のナイフで、自力でホムンクルスの体内から脱出した。
少年はどうみても、どこにでもいる学生。
自分と同じ錬金の戦士でも魔術師でも吸血鬼のような化物でもない。
だというのに、目の前の現実はなんだ。

「私は、夢でも見ているのか――――――――――――」






「あぁぁぇぁぁぁあぁぎゃぇぇえぁぁぁ――――――――」

すぅー、と息を吸う。化物の腹の中から出た世界の空気はトテモ美味い。
後ろでは化物が叫んでいる、とても不快で耳障りな声だ。
今はソレを無視して、己の体を見る。
どこも傷らしい傷はない、手も握って開いて、動作に問題はない。
ま、奴の胃の中に居たせいか、臭いや服の一部が溶けているの気になるが
別に支障はない。
これなら、問題なく目の前の死に損を殺せる。

「ぎ、貴様ッーーーーーーーーー!!!!!」

狂った目で蛇が俺を睨んでるようだが、一滴も恐怖が湧かない。
そして俺は振り返り、奴の体を直視する。
さっき腹を裂いてやったせいか、線が濃く見える。
そして線が交わるところに、黒い点が見える。まるでソレがその源流のように。
なるほど、あれがラクガキの源。あの点を刺せばきっと、死ぬ。

「なぁ、食人鬼―――――――――」

ナイフをくるりと逆手に回す。

「今なら少し、オマエの気持ちがわかる・・・・・・・・・・」

体が疼いてしょうがない、喉が渇いてしょうがない。

「俺を殺したいんだろ?なら俺達は似たもの同士――――――――――」

腰を下ろす、奴の体に走る線という線を睨む。
なんて壊れやすくて、不細工なんだ。

「さぁ、殺し合おう」





シュゴ、と蛇の尾が地を抉りながら迫る。
とても太い棍棒が俺をバラバラにしようと迫ってくる。
でも、それも遅すぎる。

線は醜くも良く見える。
ソレが勝手に俺に斬られに来る。
右腕を接触の瞬間に動かし、その棍棒のような尻尾をバラす

「な―――――――――――に」
「次は、捌く」

どちらの声が早かったか、ワカラナイが俺が動くのが早かった。
尻尾を切り捨て、そのまま化物本体へ走る。
先ほど捌き損ねた、ハラワタを解体するため、走り、ナイフを振るう。

頭部より下、線という線をナイフでなぞる。
力なんていらない、重さなんてない、ただ豆腐を切るようなもの。

「ぎぇえぇぇぇええぇえぇぇ■■■■■■■■!!!!!!」
不快な声が聞こえる。

腹部から切れた尻尾まで、数えるのが面倒なくらい解体する。
血はない、ただ鉄屑が宙を舞う。

支えを失った蛇の頭は、無様に地に落ちる。
それでもまだ生きてるのだから、ゴキブリ以上の生命力だと関心する。
だが、それもあと僅か

「お、おのれ―――――――――――人間ごとき!!!!!」

狂った化物が、食道のない口を、いや牙で俺を殺そうと地を這う。
その速さは獣のそれ、頭だけでそれだけ動けるのだからなんて生命力だろう。
そしてなんて無様だ。

「死ねーーーーーーーー!!!!!!」

地を跳ね、頭から噛み砕く気だろう。

それを視る

顔の中心辺りに一際大きな黒い点が視える。
それに合わせナイフを構える。

「――――――――――――殺す。」

絶対死の宣言を告げ、ナイフを討つ。

とん、と軽い音だけで、ナイフが深々と刺さる。



「あ、―――――――――――」

化物から声が漏れる。がソレも最早興味がない。
それよりも・・・・・・・・・
どちらが早かったか、俺のナイフが点を突いた時、どこからか、鎌が額を突き刺した。
化物が塵なり消える。
すると、その後ろから少女の姿が現れた。

「コイツらの急所は額の章印よ」

その鈴のような声には、覚えがあった。
そう、そうれは夢の、いや昨日のコトだ。
『問う。君は食人鬼か、それとも殺人鬼か』
そう俺に問い掛けた、声の主だ。

凛とした少女の瞳が俺を射抜く。
敵意とも何とも分からない、その視線が俺を捕らえて離さない。

「今一度問う。君は食人鬼か、それとも殺人鬼か」

ああ、俺は答えていなかったその問い。
それが夢だと、思っていたソレを今現実に聴いて、自然と俺は答えを口にした。

「俺は、ただの高校生だ」

そう、俺は食人鬼でも殺人鬼でもない。ただの高校生だ。
そう答えて、安心したのか、俺は無防備に背中から倒れた。

「あ、ちょっと君ッ!」

彼女の声が聞こえたが、大の字に倒れた俺には、空に輝く月しか見えなかった。

「ああ――――――――。疲れた―――――――――――――――――――」



ゆっくりと瞼を閉じ、なにやら騒いでるようだけどその声も遠くなって、意識が沈む。

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